Gorin Music Studioの発表会特色「+1」とワールドツアー体験談
こんにちは、Gorin Music Studioの神保 慎一郎です。
このブログではスタジオの様子や私神保が何を考えているのか?
どんな経験をしてきたか?
今何考えているのか?
そんな日記的なブログです。
どうぞお楽しみください。
親子で音楽を楽しむ「+1」の誕生と展開
Gorin Music Studioの発表会には「+1(プラスワン)」というのがあります。これが産まれたのはもう10年以上前です。これは何か?子ども達のお父さんお母さんたちは子どものころには世の中にすでに"ロック"がありました。みんなそれぞれ好きな(今で言う)"推し"が存在していました。それが洋楽、邦楽、さらには韓国のシーンなどジャンルも多岐にわたります。
そんなお父さん、お母さんの子どもは知らず知らずのうちに身近に"ロック"があります。私たちにしてみれば超羨ましい環境です。私たちの子どものころ周りにある音楽は"歌謡曲"。音楽の情報はラジオかテレビのベストテン。しかもロックは掛らない、映らない、そもそもヒットしない、アンダーグランドのジャンルでした。そんな環境でも"ロック"聞いていました、むさぼるように。。
当時の親たちにとって"ロック"は悪でした。不良になる。とか。まぁそれを前面にしているアーティストもいましたが。今の子どもの生徒の親御さんたちは"ロック"好きが多いと思います。となると、、バンドやっていた人も結構います。バンドまで行かなくても楽器をやっていた経験がある。とか。なので子どものドラム教室の発表会は気持ち的に前向きな人お父さん、お母さんが多いです。で、、その状況をみて思いついたのが「+1」
発表会の「+1」実例と心温まるステージ体験
どんなコンテンツかと言うと、、Gorin Music Studioの発表会は生徒さんがプロのミュージシャンのサポートを受けて演奏します。こだわりです。で、、、(子ども生徒のの場合だと)その中にお父さん、お母さんがメンバーとして一緒に演奏する。大人だと友達が一緒に演奏する。です。
いままでにも結構な人が出てくれています。どんなパターンがあったか。。子どもがドラムでお父さんがギターとか。子どもの生徒がドラム、父がベース、母が唄、お母さんの友達がキーボードとか。軽音楽部の友達がギター、ベースで女子高生がドラム。あとは、親子ってのもありました。大人の生徒がドラムで父がベース。演奏した曲はグループサウンズの曲。お父さんの青春時代。息子が好きなのはスラッシュメタル(激しいヘビメタ)。
んーー面白くていいじゃないっすか。今回の発表会では彼女が唄 ってのがあります。このパターンは今回初めてです。めちゃ楽しみ。この彼女がGorin Music Studioのイベントがあると見に来てくれて、、片付け手伝ってくれたりするちょー良い子なんです。バンドのメンバーもよくしっているので、、きっとあったかいステージになりそうです!!
あ、、、あとふざけたのもありまして、、、ドラム習いながらギターも習っている子がいまして、、、ギター教室に発表会がないらしく、、、「発表会でギター弾くから先生ドラム叩いて」こら、、こら、、こら、、、ありえんし。。。でも面白いからいいか。ってなぜか自分のドラム教室の発表会でドラムを叩く羽目になったこともありました。
喜多郎ワールドツアーでの初めての海外体験
さて1999年の喜多郎さんのワールドツアーの話の続きです。「インテンポだけどリット」という問題も何度も演奏していくうちに呼吸をつかめることが出来てきました。そして、ついに、初めて喜多郎さんにあって1か月後、ブラジルツアーに出発です。
当時初めての海外。飛行機も乗ったことはありますがあまり慣れていない。成田まで新幹線でいきそこからブラジルへ。8時にでてついたのは9時。日本の真裏なのでそれぐらい時間が掛かるとは分かっていましたが、、辛すぎる。。席はエコノミー。酒飲んで寝て、また飲んで寝て、、そのうち寝れなくなり、、日付変更線超えたあたりから食事の間隔がおかしくなり(さっき朝食だったのにまた朝食!!みたいな、、、)着いた時にはぐったりでした。。
初めてのブラジルは結構衝撃的でした。当時のことなので今がどうかはわかりませんが、、信号で私たちが乗るタクシーが止まるとどこからともなく子ども達が数人出てきて勝手に窓を拭きチップをもらおうとしています。地元の運転手が追い払いますが日本ではない光景です。
初日のショーがリオデジャネイロなのでホテルもリオ。リオって海沿いの観光地なんです。そんな観光地の外国人や富裕層をねらって子ども達がお金をせびりにきます。その光景がちょっと辛かったのを覚えています。
着いて次の次の日にリハゲネがあります。ゲネとはゲネプロのことで関係者やクライアント向けの本番と全く同じ構成で行われるリハーサルです。そのゲネが始まる日の前日。会場に行き使用するドラム機材のチェックです。海外なので自分の機材は持っていけないのでどんな機材を使用するかを確認しに行きます。
その会場で喜多郎さんのレコード会社の社長に会います。この社長、ロス在住の日本人ですがやり手です。昔昔、「ASAYAN」(あさやん)と言う番組があり小室哲哉プロデュース企画のオーディション『最強女性ボーカリストオーディション1999』で優勝した小林幸恵さんがアメリカでナラダマイケルウォールデンのプロデュースで坂本九の曲でデビューしたのですが、、「ナラダをくっつけたの俺」えーーーーーーーまじっすか。。。。
ナラダマイケルウォールデンとは実はドラマーで世界的なギタリストのジェフベックのバンドでドラム叩いていた人です。しかも超絶、超変態なすんげぇプレーをする世界的なドラマーです。自分と世界が違う。。。。
しかももう一つ。当時日本にフラットバッカーという北海道のバンドがありまして、、そのバンドがKISSのジーンシモンズのプロデュースで世界デビューしたのですが「ジーンシモンズとフラットバッカーくっつけたのも俺」KISSのジーンシモンズと言えばロックのレジェンドです。火を噴くあの人です。すんげぇ。なんだんだこの人は。。。。凄すぎる。
で、、この社長から「ドラムテックと打合せしておいて」と他のメンバーとどこかに行ってしまいました。ドラムテックとは私のお世話をしてくれる人です。当然(私から見て)外国人。周りにいるスタッフも全員外国人。日本人はだれもいない。。。。体のおおきな黒人でした。全く英語が喋れない私。しかもこの黒人の彼も人見知り。。。。
沈黙が続く中私は数あるシンバルの中から使用するシンバルをチョイスしていきます。やっと黒人の彼が口を開きます。恐らくですが英語で、、「ドラムのチューニングはどうする?低め?高め?」多分こうやって言ってる。。。はず。。。私の答えは「ミッド」高くもなく低くも無く。です。彼はうなずいてくれました。おーーーー初めての英語が外国人に通じたーちょっと感動。
チューニングも彼の仕事です。私が会場入りした時にはドラムがすぐ音がでるようにしておいてくれるのが彼の仕事です。いままで田舎のライブハウスや会館でしか演奏したことの無い自分にとって「さすが世界」って感動していました。さて今回はここまでです。この続きは次回ですーーー